※約束などいらないのちょっと続きっぽい。突っ込みどころ盛り沢山。章ごとに纏める長さはないので視点がころころ変わります。
君と願いを叶えていく
藤善透の場合
浮かれた群衆、目に痛いほどのイルミネーション、憐れなサンタクロース。去年までどうやってこのイベントを過ごしてきたか記憶になかった。ただ生きていくのにもがいていたのか。意味のない推論だ。今更改めても、仕方がない。
街は本格的なクリスマスモードに入り、赤い服を纏った人達が客の呼び込みやケーキの販売に勤しんでいる。忙しない光景に、自分が混ざっていることが奇妙な違和感を覚えた。まったく興味がないという訳ではないが、関係ないと受容していた。
今年も同じだ。そう暗示をかける。同居人が増えてもペースを乱すことはないのだ。
気持ちとは裏腹に、足は小さな雑貨屋に向かう。ショーウインドウから中を覗く。男女兼用の小物が所狭しと並べられている。洒落たネックレスやらブレスレット、はたまた指輪まで。是非プレゼントに、それらと手書きのポップが隣り合う。
ふと、視線を感じる。
なにやってるんだ、俺。
ガラスに反射する自身の姿を見て踵を返す。
人波を縫い、冬の夜空を振り仰ぐ。星は見えず。もしかしたら、ソリに乗った誰かが通るだろうか。
ありもしない妄想に、薄く笑う。同時に首に巻いたマフラーも揺れた。
渋谷サビ丸の場合
何にしよう。どうしよう。
店から外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。寒い。防寒グッズがあれば少しは違ったかもしれない。吐き出した白い息が見通しを悪くする。
やっぱりお金がいいんじゃないか。でも受け取ってくれないし。
がめつい主人の顔が思い浮かぶ。不機嫌に寄せられた眉、きつく睨む瞳、口は一文字に引き締められている。さっぱり喜ぶ姿が想像できない。そのまま地面にのめり込んでしまいそうになるのを必死で足を踏ん張る。
もう時間はない。本番は明日だ。聖なる祭典は待ってくれない。
暗くなる思考を引き摺って、目抜き通りを避け、路地裏へ。
薄暗い細道を歩くと小さな商店街へ出た。初めて来た場所。今まで気付かなかったぐらいだ。
シャッターが下りている店、外観だけでは何を営んでいるのか分からない店、地域密着型と思わしき居酒屋。ちぐはぐな店が隙間無く密集している。不思議な空間だ。
「ちょいとそこのお兄さん」
呼び掛けられ、ふと視線を彷徨わせると、ギターを扱っている楽器店と狭いフィギュア屋の間に年老いた女性が出店を開いていた。推定七十代。パイプ椅子に座った彼女はエスニック系の服を着膨れするほど身に纏っている。
目が合った。されど面識がないので自分ではないと考え、そのまま通り過ぎようとする。
「アンタだよ、アンタ。いいものあるから見ていかないかい?」
疑問符を浮かべ、人差し指を自身に向ける。
「そう、アンタ」
意味深な笑みを湛え、老婆は台をコツコツ叩いた。
商品らしき物がずらりと並べられている。歪な形をした壷、鶏のような巨獣が描かれている本、金髪頭のマトリョーシカ、どれも変梃りんである。こんな所でこんな得体の知れない物を販売しているなんて酔狂な人だ。確実にいらない。贈り物として非常にそぐわない。
「探しているものはないので」
失礼します、と逃げ文句を吐く前に、アンタが欲しい物も置いてるよ、と一つの塊を突き出す。よくみやる。宝石の輝きはないので真っ赤な石のようであった。
「これ、願いが叶うっつーパワーストーンでな。欲しいものを念じれば簡単にすぐ手に入る」
「いや、あの……」
「疑うんでないっ!」
だん、と老婆は再び台を叩く。今度は強めであった。
「もちろん検証は終わっとる。この婆さんがしっかりと証明してみようじゃないか」
老婆は石を頭上高く両手で握りこみ、低く唸り始める。
「一万円……一万円が欲しいぞ……エコエコポイント、エコエコポイント……うっ!」
いきなり蹲る老婆。大丈夫ですか、と背中から覆う。緩慢な動作で体を起こし、指を一本一本開いていく。そこには綺麗に正方形に畳まれた紙幣があった。
「ほ、本当に一万円が……」
信じられない。でも実際目の前に現れた。引田さんも吃驚なイリュージョンだ。
「どうかのう?」
ニヤリと純粋とは言い難い悪質な笑みで問う老婆。
「実は一部ですごい人気でな。今回逃すと次はいつ手に入るやら……」
「か、買います!」
後先思い巡らす前に言い切った。お金が本当に出るなら彼は喜ぶと安直な考え故だった。これなら喜んでくれる、確信に似た自信が脳を廻った。
老婆は瞬時に無表情になり、右手を差し出す。そして一言。
「じゃあ一万円で売ろうじゃないか」
クリスマスの場合
時刻は夜の七時、しとしとと雪が降っている。傘は必要ない度合いの穏やかなものである。サビ丸と善透は無言で歩いていた。先頭を歩くサビ丸の背中に善透はしっかりと後に続く。普段と逆の立場になった気分を善透は抱えていた。
並木道はカップルや親子連れで溢れかえっている。皆幸せそうだ。傍から見ればその愛の渦に年頃の男二人はいささか寂しいものがある。疎外感が半端でない。そんな両名を蚊帳の外に、すれ違う人々がホワイトクリスマスだね、と囁きあう。暖冬だと報道されていたが奇跡が訪れたのだ。
急にサビ丸の足が止まった。慌てて善透も止まる。ぶつかることはなかったが、お互いの間隔は近い。
「あそこまで行けませんね」
顔だけ振り向いたサビ丸は苦笑していた。
行きたいところがある、突然切り出したお庭番は主人を連れ出した。約三十分前の出来事だ。
「ツリーが見たかったのか?」
共に眺望する。随分先にあるこの道に続く広場に二十メートル程の高いもみの木が様々な装飾を付けて輝いている。現在二人がいる場所からそこまでは結構な距離があったが、目的は一緒であろう、身動きがとれない程人が多く先には進めなかった。
「花火見れなかったですし。代わりってわけじゃないんですけど」
「まあここからでも見れるだろ。いいんじゃねえの」
というかここで我慢しろ。善透は続く台詞を飲み込む。
「わかりました」
残念そうな声色と同時にサビ丸は身を翻す。
「メリークリスマスですね」
はい、とポケットより出した小箱を善透に持たせる。
「プレゼントです。ささ、開けてみてくだされ!」
「……俺は用意してないからな?」
「サビがしたくてやったことなので気にしないでください」
「お、おう」
素直になれない善透はすぐさま感謝の意を伝えることが出来ずに箱を開ける。嬉しさと気まずさが胸を支配した。
丁寧に包装を剥がし、中身を確かめる。電飾の灯りも手伝って、ぽつんと赤い塊を視認する。一見しただけで何かは不明瞭だ。
「これなんだ?」
「なんでも、願いを叶えるパワーストーンらしいですぞ!」
「パワー……ストーン……」
善透は胡散臭げに手元を眺める。
「はい、それを売ってくれたお婆さんがエコエコポイント一万円欲しい!って唱えたら本当に一万円が出てきたんですよ!」
イルミネーションのライトに負けず、サビ丸の瞳は輝いている。反して善透は呆れと哀れの感情を最大限、背後のオーラで示した。
「騙されたに決まってんだろ」
「でもこの目でしかとその現場を見届けましたぞ!」
「あほか」
されどそのテの店に持っていけば五百円ぐらいにはなるかもしれない、と淡い期待を込めて善透は石をポケットに突っ込んだ。
駄目でも、もしくはネットオークションという場がある。出任せの説明を加えれば落札する可哀想な奴がいるはずだ。なぜなら引っかかるアホが目の前に存在しているからである。
「何か願ってみなきゃ効くかわからないじゃないですか」
「じゃあお前が家出てくのを願っとくわ」
「そういう願いは叶いません!」
不穏な雰囲気の二人に周りは不躾な視線を投げる。
気を取り直すべく、善透はわざとらしい咳払いをした。鈍感なサビ丸はおそらくその気遣いには気付かず、構わず口を開いた。
「プレゼント、善透様はきっと……いえ、絶対お金がいいんだろうなあとは考えていたんですけど、お金渡すのってなんか違うような気がして、でも善透様の欲しいものってわからなくて」
どこからともなくクリスマスの曲が流れる。それまで単調だったイルミネーションが何色も使った鮮やかなものに変わった。人目を忍ぶことなく唇を触れ合う恋人達が増える。暖かいんだが、寒いんだか、傍観者の善透にとってはひどい毒であった。
「まあ、俺の金で買ったわけじゃないし、気に入らないけどもらっておく」
「嬉しくないんですか……」
項垂れたサビ丸に善透は気にも止めず帰ろうと促す。ツリーも拝んだし、もう用はないと。大人しく従う彼は、あ、と声をあげた。
「善透様がやらないならサビが一つ願ってもいいですか?」
懲りない。
「何を?」
一応疑問を放る。
「どんな時も善透様と離れませんようにって」
恥ずかしげもない。またか、またなのか、またそんな風に言うのか。対して善透は何か返事するでもなく、肩を並べて家路につく。
人が密集して、時折、ぶつかる手に熱が集まる。
「でもそれって今すぐ叶うかわかんねえよな」
「叶いますよ」
だってあのお婆さんが検証してくれました。心底信じているサビ丸は強く頷いた。その瞬間、くしゅん、と一つ、反応をサビ丸が発する。この寒さだというのに、サビ丸はコートも着ていない。
「お前さ、もうちょい厚着してこいよ」
溜め息を盛大に吐き、仕方なくといった様子で善透は自身に巻いていたマフラーを相手の首にかけた。
「やる」
百円均一で買った安物だ。先刻貰った石を売れば元値ぐらいは取れるはずだ。そう信じたい。
「でっ!でも善透様が風邪ひいちゃいます!」
困惑したサビ丸はされるがままに硬直している。
「前に風邪引いて迷惑かけた奴は誰だよ」
きっちり首の裏で結んで、風で崩れないようにする。
「す、すみません……」
ひねくれた善透の言葉とは違い、素直に謝罪する。ほんの少しだけ、そういう姿は羨ましい。
「あ」
今度は善透が声をあげた。
「そんなに効くなら試してやる」
ぽん、ポケットを叩く。
「お前がもう風邪ひかないようにしてくれってな」
サビ丸の頬、鼻、耳も赤くなる。ある種、手遅れらしい。
「自惚れなんですが、少し心配してくれてます?」
善透にしては至って不愉快な自惚れだ。暫く逡巡する。ふざけた景色の中で、無理して笑顔を振り撒くサンタクロースのコスチュームをした女性が微かに震えている。あの女性の心は虚飾の現実で抑圧されているのだろう。
「さあな」
善透当人ですら、定かではい本音に舌打ちした。調子に乗らせるのは嫌だったけれど、欺くのはもっと抵抗があった。
「否定はしないんですね」
サビ丸の呟きに善透は聞こえないフリをした。譫言は雪ともども、一瞬で消えたのだ。
こーいう書き方はこれで最後にしたいもんです。
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