※葵様がでてくる前の話


わからず屋に恋をした


ラブレターである。
下駄箱の中に控え目に入っていたそれは、真っ白な封筒にかわいらしい丸字で善透の宛名のみ書かれている。差出人を確認するため、丁寧に封を開ける。ずっと好きでしたの決まり文句から始まり、勉強も出来る、加えて優しいところもある、など当たり障りのない内容である。最後の一行には字面から女の子と思われる名前と、都合がつくなら返事は放課後に屋上で待っていると締め括られている。
手紙を読んだままなかなか動かない善透に痺れを切らしたのか、サビ丸がひょいと手元を覗き込む。
「恋文ですか!?善透様は外面だけはいいですからなー」
「外面だけとはなんだ、主人に向かって」
「いやーさすが善透様!おなごの心をいとも簡単に掴みなさる!」
これぞハートキャッチプリキュアですな、とほざいているが善透は華麗に無視し手紙をそっと鞄にしまった。
サビ丸の態度に違和感を覚える。普段なら善透一筋の彼がなんてことないようにラブレターの存在を喜んでいる。
そしてサビ丸に対し、長い間疑問に思っていたことを口にする。
「お前ってホモじゃなかったんだな」
「……はい?」
イエスのはいなのか、パードゥンのはいなのか、善透にはすぐには判らなかった。それほどまでに善透の世界観では割り方黒に近い灰色でサビ丸はホモだと怪しんでいた。
「だってお前、てっきり俺のことを……」
その先は言葉にならなかった。直接言うには少し、いやかなり寒いことになると善透は感じていた。自意識過剰的な意味と男が男に、という二重の理由で。
「善透様、さすがにそれはこのサビでもちょっと……」
同じ気持ちだったのだろう、サビ丸も語尾を濁した。
そっち系ではまともな方向に歩んでいたんだ、と楊枝の先っぽほど善透は感心した。善透に似ている女の写真を持っていても、そこは健全な思考を持っているんだと。
「ただし告白をお受けするのは断固反対ですぞ」
「は?……なんでお前に反対されなきゃいけないんだよ」
「善透様のお側にいるのはサビ以外許されることではないのです!」
力強く拳を作るサビ丸。さながら街頭演説をする政治家のようである。
もちろんすぐさま、理解できん、と善透は反論する。
「すでに綿貫鷹郎という邪魔者がいるのにこれ以上善透様との出番が減るのは耐えられません!」
「出番だけなのか、重要なのは」
「当然出番だけではなく善透様のお世話をするのはサビしかありえないことなのです!」
「世話ならそこらへんの犬にでもしとけ」
「サビとお金が善透様を幸せにするのです!」
「お金は幸せにしてくれるけどお前はただ迷惑なだけだ!」
さすがに堪えたのか、サビ丸の瞳に光るものがあった。
善透にとって女の子とちょめちょめする気は全くないのだが、邪魔はするなと強く念を押したのだった。


「よければ返事、聞きたいんだけど……」
柔らかそうな黒のボブカットがふわふわと揺れている。善透は靡くスカートを虚ろに見詰める。
遠くで部活動に精を出す学生の喧騒が響いていたが、緊張感のためか、女の子と善透の間では静寂が発生していた。
何十秒、何分、どの位時間が経過したかの感覚はない。
「ごめん」
搾り出した声はひどく掠れていた。悩みに悩んだ末の結果、答えはシンプルである。
「……ううん、ありがと」
踵を返す彼女。善透は完全にその姿が消えるまで目を細めて見送った。
「出てこいよ」
空に呟く。
すると、どこからともなく誰かの気配が背後から現れる。しかれども善透は振り返らなかった。誰かなんて彼には分かりきっていることであるからだ。
「善透様の言いつけどおり邪魔しませんでしたよ」
「当たり前だ、普通は邪魔しないし、盗み聞きもしない」
「これでも我慢したんですっ」
ようやく善透は体を後ろへ向ける。
「まあ今更お前に何言っても無駄な気しかしねーけど」
「どういう意味ですかそれ……」
「そのままの意味だろ」
善透は青天井に腕を伸ばし、思い切り背伸びをした。
「帰るか」
あくびを噛み殺した結果、視界が歪む。
「でも安心しました」
揺らめく金髪、はっきりと認識できない顔。
「あの子には悪いんですが……善透様が断ってほっとしました」
サビ丸の骨ばった手が善透の目頭を押さえる。
「サビが善透様の居場所を作りたいんです」
一瞬、既視感が善透を襲う。モノクロのぼやけた途切れ途切れの映像が頭を過ぎる。
それを遮るように、帰りましょうか、とサビ丸は柔らかく笑った。
「俺は……」
善透はサビ丸の真っ白なシャツの襟を掴む。逃げないように、逃がさないように。
「善透様?」
「お前って、迷惑なやつだけど、退屈はしないよな」
「……はい?」
どこか不満な声だ。しかし善透は少し何かが吹っ切れた感覚がした。
「帰るか」
はっきりと楽しいとは言えなかった。まだ迷惑という感情が勝っている。
すぐに手は離さなかった。しかれどもサビ丸は拒否をしない。その居心地の良さに足が軽くなった。



恋愛未満な二人。でもいちゃいちゃが理想。解き放てえええええ欲望をおおおお





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