ある物語についてセンスないって描写がありますが、単にその課題でその物語を選択するにはセンスないほうかなって意味です。
あと綿貫は新しい学校行ってると思っているので綿貫の設定はてきとーです。


幸せは途切れながらも続くのです


夏休みという言葉から連想されるものは様々であり、学生の善透にしてみれば宿題はそれの一つに入る。一通りの課題は終わっている。残すは読書感想文のみ。得意でも苦手でもない。最後になってしまったのはサビ丸の故郷へ行ったり、サビ丸の勉強を手伝ったり、とにかくサビ丸のお蔭で図書館に行く時間が作れなかったのである。
そんなこともあり、本漁りと涼みに行くのと二重の目的で善透達は広めの図書館へやってきていた。たち、とはサビ丸と綿貫だ。綿貫の同居人、百舌は大家に引き留められ、同行していない。
一、二階は幼児や低学年向け中心のため、三人はまず三階へ上がった。名作のコーナーに移動し、品定めする。羅列されている文庫を眺めて気になるタイトルをチェック。優等生の鏡でもある善透はわんさか置かれている中から数冊に絞ってみるものの、どれもしっくりこない。同じ状況のサビ丸はまったく選ぶどころかちらちらと綿貫を窺っている。対して綿貫は真剣に物色する。
「綿貫はどれがいいと思う?」
場所が場所なので、小さな声で善透が問う。こういう場合は他人に意見を求めたほうがいいと判断した。
「こ、これなんかいいと思うが」
綿貫はやや慌てた様子で本棚から一冊出した。表紙は白地に一輪の花が描かれている。裏のあらすじを確認する。登場人物が身分違いの恋に悩む話みたいだ。
「恋愛の話か……」
興味はない。しかれども純文学。堅苦しいストーリーよりはいいかもしれない。
「あ、そういえば綿貫も読書感想文あったりするよな?新しい学校通ってるんだろ?」
気軽に問う。
「あ、ああ……」
しかし綿貫は顔を反らす。聞いてはいけない事情がある気がして善透は一つ咳払いをした。
「んじゃこれにするかな」
暗い雰囲気を壊す笑顔で答える。つられて綿貫も照れた風に微笑んだ。端から見たら青春系ボーイズラブである。
「善透様!サビはどれにしたらいいでしょうか!」
邪魔するかの如く、二人の間に割り込むサビ丸。
「うるせえ野生児っ!」
すぐ善透はその首根っこを掴む。結局今ので善透も煩くしてるのだが、常に言い争いが絶えない彼らは気付かない。
「ふ、藤も少し静かにしたほうが……」
おろおろした綿貫が口を挟んだ。善透が周りを意識すると、幾人かこちらをねめつけている。静かにしろと目で語っている。
善透は気まずそうに棚を再度見やり、適当に選ぶ。それをサビ丸に押し付けた。
「お前の分な」
呆然とするサビ丸は放置し、善透は綿貫を連れてその場を後にした。


四百字詰めの原稿用紙、四枚分。嘘と真実を織り交ぜつつ、善透は文字を埋めていく。既に三枚目の半ばまできた。もう少しで完成に近付く。その横でサビ丸は本を下敷きにし、時折呻きながらちゃぶ台に突っ伏していた。既に彼も読み終え、次は感想を書く作業に移行するだけのはず。
「なんか不満でもあんのかよ」
善透の視線は原稿用紙からサビ丸のつむじへ動いた。呼びかけたのにも関わらず動かない。ただの屍のようだ。
「善透様がサビのために本を選んでくれたのは大変嬉しいんですが」
「ああ、良かった。なら不満はないんだな。よく分かったからその目障りな瀕死状態はやめろ」
「正直に言いますと、すごく……不満です……」
二人の間にしばらく沈黙が流れた。残り僅かな命を謳歌する蝉の声が遠くから響いてくる。夏の風物詩、普段なら聞き過ごす。今意識してしまうのはこの状態に納得いかないから。
突然、勢いよくサビ丸が顔を上げる。
「絶望しましたぞ!何か分からないですが絶望しました!」
「……俺は失望したな」
忠実な犬に咬まれた気分だ。善透は頬杖をつき付け加えた。
「俺がわざわざ選んだっつうのに何が不満だ。言ってみろ」
「チョイスがセンスなさすぎです!いい話ですけど!」
言葉とは裏腹に弱弱しく善透を睨む。
「お前、感想文書けないからって人のせいにするなよ」
「書けます!でも善透様のせいです!」
善透は今しがた下敷きになっていた本を手に取りぱらぱらとページを捲る。
「失礼なやつだな。お前にちょうどいい本だと思ったんだけど」
内容はかの有名な自己犠牲をテーマにした、とある石造の王子が主人公の物語である。善透は自分の身を引き換えに他人を幸福にする姿をサビ丸に重ねていた。善透からしてみれば、刺客と戦い、時には主人の盾となるお庭番の役目を果たすサビ丸に、命を掛けてまで守ってもらう義理はない。父親からの命令だろうと、善透自身にそこまでの価値があるのか疑問を持っていた。
「ちょうどいい……?」
訝しい、サビ丸の表情は言っている。
「ああ、お前も高価そうなものを俺に貢ぐべきってこと」
真っ赤な嘘ならぬ、真っ黒な嘘。腹の底にある本音は隠す。
「善透様、貢がれるの嫌いじゃないですか」
「それはお前が貢ぐ金、親父のもんだからだろ」
ほい、と善透は本をサビ丸に渡す。サビ丸は素直に受け取り、また最初から読み始めた。これで通読、三度目となった。


新学期も始まり、各々休みを満喫した生徒達が久しく会う友人と談笑している。もちろん善透も然り、特に女子から熱烈なアピールと共に夏の出来事を問われる。
善透は笑顔で、盛り上がる話をそこそこに席に着いた。夏休みはサビ丸とほぼ一緒に過ごした、など口が裂けても言えない。只ならぬ好奇な眼差しが向けられるに違いないからだ。
しばらくぶりの場所に高揚した胸を徐々に落ち着かせる。
ホームルームまであと10分弱。その間は何をしようか考えていた時であった。
「よ、善透様ぁ」
「……何か用か?」
死にそうな顔で現れたサビ丸。無視することも出来たが、返事をしてやった善透は心の中で自分を褒め称えた。
「もう頭がパンクしそうです……」
一晩中、サビ丸が読書感想文を書いてたのを善透は想起する。寝るまで、布団に横たわりながらこっそり様子を見届けていた。洗濯バサミを体の至るところに挟み、迫りくる眠気と戦い、たまに涎を垂らす。
一日8時間は睡眠が必要な人だと憶測していたが、その時抱いてきた思い込みは主人の秘めた辞書に真実として登録された。
赤ゲージの体力をギリギリで維持してる模様の彼に捧げたい。ヒットポイント回復するなら傷薬と宝玉で。
「ああ、徹夜で書いてたもんな。まぁギリギリ間に合ったんだ。サビ丸にしては頑張ったじゃん」
分かりにくいデレを善透は発揮する。されどお庭番は気付くはずがなかった。気力を削がれ、燃え尽きる寸前である。今ならリングの隅に座って微笑みを湛えながら白くなれるだろう。
「それが間に合ってなくて……三枚目まで頑張ったんです。細かく言うと三枚目の十九行まで。でも最後の一行ちょっとが思いつかないのです!」
「いや、そこまで書いたんなら最後まで頑張れよ。熱くなれよ」
「善透様のせいでもちょっぴりあるんですから助けて下さい!」
若干よれよれの状態である原稿用紙が机に置かれた。凝視しなくてもすぐに認識できる、何度か消しゴムで消した傷が見受けられる。深く悩んだ形跡だ。所々、怪しい染みも伺えるが。
「えんがちょ……」
その部分を避けて最後の一文を迷いもなく書く。サビ丸気まぐれほんの少し、サビ丸に対しての想いも込めて。
「手伝ってやったぞ」
原稿用紙を突き返す。
サビ丸は善透をじっと見詰める。感動のあまり、といった具合だ。
いたたまれない気分になった善透は遮るようにそっぽを向いた。内心の小さな嵐を知ってか知らでか、サビ丸は無邪気な態度で感動しました、と言い募っている。
「……そういえば今日本返しに行くから、お前の分も一緒に出しとく。あとでよこせ」
「サビもついて行きますぞ?」
「お前の本も俺名義で借りただろ。俺が返しとく」
サビ丸は一度自分の席に戻り、机の中から本を取り出し、善透の所に再度やってきた。
「じゃあお願いしますね、善透様」
タイミングよく予鈴が鳴る。善透は丁寧に本を鞄に仕舞った。


図書館の自動ドアを潜り抜け、三階に行く。まだ季節は夏を引き摺っていて、暑い。しかし館内は空調が効きすぎ、むしろ寒い程だ。
ちらほらと受験生らしき人が黙々とテーブルにしがみつき勉強している。ひどく静かであった。
二冊、文庫を片手に持ち、善透は返却のカウンターに向かう。サビ丸にはすぐ終わるからと入り口で待ってもらっていた。
近付くと女性が一人、本を読んでいた。司書であろう。分厚いハードカバーに夢中だ。
「すみません、返却したいんですけど」
人好きする笑顔で本を差し出す。三十代前半、ぐらいか。善透を振り仰ぐ。少しずれた赤い縁の眼鏡を人差し指で押し上げた。
「返却ですね」
やや染めた頬を緩め、女性は本を受け取る。
「ありがとうございます」
浅めにお辞儀をし、善透は来た道に戻る。
エレベーターを使うこともないと考え、階段へ赴く。ガラス張りになっており、外の景色が眺められるそこに夕焼けの色が侵食していた。図書館の近くには川が流れている。深さはなく、けれども幅はあるものだ。橋が架かっているのだが、その上に見慣れた姿が視界に入る。
体を擦ったり、周りをうろちょろしてみたり、誰から見ても挙動不審である。
何してんだ、あいつ。遠くから表情は窺えないが、焦っているようだ。
「ちょっと待ってくださいっ」
控え目の音量で、されどよく透る声が聞こえ、振り返る。その主はあの女性だ。黒のエプロンと眼鏡が同じく斜めになってしまっている。
「忘れ物ですっ。本の間に挟まってましたよ」
ぴらぴらと揺れる紙を渡され、条件反射で手にする。
「どうも……」
覚えはないが、目にした瞬間、明らかに自分の、いや自分達の忘れ物だと理解する。
「次は気をつけてくださいね」
下がった眼鏡を直し、彼女は去っていく。
紙を握りつぶしたい衝動を抑え、善透は階段を駆け降りた。
羞恥、怒り、困惑、それらの感情が渦巻く。
一階へ着き、自動ドアがゆっくり開く。
「サビ丸っ!」
人の目を気にせず叫ぶ。やはりサビ丸は依然として右往左往していた。
「あー!善透様!ちょどいいところにっ!」
早足で彼の元へ、サビ丸もまた善透の側へ近寄ってくる。
「ちょっと落し物してしまったみたいでっ!でも見つからなくて、それでもしかしたらもしかすると学校に置いてきたかもしれないですし、申し訳ないんですがもう一度学校まで戻っても」
捲し立てるサビ丸を黙らせるため、善透は彼の顔面に先刻女性から渡されたそれを叩きつける。びしりと決まった。そして二人は止まった。
「探し物はこれか?」
「……顔に張り付いてよく見えないんですけど、多分、それです……」
サビ丸は丁寧な動作でそれを剥がす。
茜色の光を浴びて反射するそれは制服姿で善透が笑っている写真だった。
「それいつ撮ったんだ?」
「クラスの人にもらったものなので」
「だからって何で……」
続きは出てこない。問い詰めたい気分が段々萎んでいく。どんな返事でも納得してしまいそうな心境だった。
サビ丸は熱くなった頬を写真で覆う。
「言わなきゃ駄目ですか?」
善透はその質問に縦にも横にも首を振らない。詮索しない。静かに迎え撃つ。その対応にサビ丸は苦笑した。
「善透様はサビの大切な人だからですよ」
言葉になった瞬間、骨身にしみる。
空は太陽が追い出され、暗闇がやってくる。煌く星と共に奥底の祈りが溢れてくる。
「でも命令だから、俺を守るんだろ?」
期待など無駄だと誰かが囁く。だからこそ縋りたくなる。
「命令とは関係なく、サビは善透様を守りたいんですけど」
素早く引き寄せられ、がむしゃらな力で抱き締められる。肩越しに、写真が風に任せて飛ぶ。
自己犠牲までして、果たして幸せと呼べるのだろうか。文章が頭の中をぐるぐる回る。
答えは知っている。サビ丸が持っている。
「好きです……」
か細い声が、善透の胸に染みる。解を導く者がここに居るのだと、歓喜に震えた。


「写真が……」
またもやちゃぶ台に突っ伏すサビ丸。善透は知らぬ顔で茶を啜る。失くした物は夜風に消えていった。そんなに悔やむのなら明日探せばいいだろう、と言うのはやめておく。やはり恥ずかしい思いはあるから。
こうして幸せは無くなったりやってきたり、人生を少しずつ変えていくのだろうと、善透は茶柱を眺めながら実感したのであった。


過去に私は31日になって読書感想文が終わってないことに気付きました。
物語を覚えてて、なおかつ先生をごまかせそうなやつ…そうだ!あの物語にしよう!…もちろん、結果はいうまでもない。



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