君の頬へ最後のキスを 二番目
女の子が花冠をニールの頭にそっと被せる。女王陛下の如く少女が恭しく可憐な戴冠式を披露し、神聖な雰囲気を醸す。
名前は知らないが、とてもかわいいピンクの花だった。彼女はふわふわのブロンドを揺らし花に負けず劣らず愛らしく微笑んだ。
「ニール似合うー!」
少女は高らかに称賛するとニールへ抱き着く。小さな形をしっかりと受け止めその髪に親しみのキスを贈る。
柑橘系のいい香りがニールを癒していって、さらに耳の付近を撫でると、くすぐったいよと少女は体を捩る。いじらしく照れるのが、幼い彼女でも魂はもう立派なレディーであると教えている。幼女か淑女かなんて拘らず、いずれにせよ、からきし彼女に悪気はないんだ。もやもやとする胸を抑え、素直に嬉しい、少女は純粋なんだから、そう甘受する。
「男だけどな。ありがとよ」
「うん、いいお嫁さんになってね!」
お婿さんじゃないのか、そこは。
「似合ってるな、お嫁さん?」
「マイケルもそう思う?良かったぁ〜」
二人がきゃっきゃっと楽しんでいてどっと疲れが増した。
どうせマイケルは面白がっていてそれに乗っているのだ。否定の神経は我慢の石で砕いてやって無言を貫く。
やがて少女はマイケルにもあげるね、と言い残し振り向かず庭へ駆けて行った。膨らんだスカートが危うかったが、途中、咲き乱れる花達にとうとう姿を消されてしまった。
翻った草が歌うと、ニールは空の彼方に楽園を描き、のどかな現状を重ねてまどろんだ。
埃さえ輝かせる日差しが注ぐ。風は緩やかに吹く。蝶が周りを踊り限りある命を主張している。
ここにある一切は主が創造した。彼の芸術品は繊細で脆いけれど、ニールの眼はまやかしじゃないとちゃんと理解していた。左には天使が、ニールの側にいることが証拠だ。
ありがた迷惑って出会った時は思っていたのに、こうして恵みある地に根付く大きな木の下で、ニールとマイケルは並んで腰掛けている。見渡す地上は綺麗だ。平和で自然に溢れている。
知恵の樹を横に善悪を知らないアダムとイヴも神の赴くままに美しいエデンの園を満喫していたのだろうか。
食べて寝て働いて遊んで人は暮らしているという真実に、ニールはマイケルと過ごす午後が鮮やかな奇跡なのだとしみじみと感じていた。
「もてもてだな」
爽やかな気分のニールと対にマイケルは項垂れている。して欲しくない勘違いにニールは一笑した。
「お前さんも結構子供に人気だぜ?クールで天使様みたいだってな」
「みたいじゃない。本物だ」
「それ試しに言ってみたらどうだ。あいつらならすぐ信じるさ」
「そうなら嬉しいけど。……なあ、ニールはどうして信じてくれたんだ?」
そりゃあんな不思議な現れ方と羽を見たら信じるしかない。
「どうしてって言われても信じちゃったもんは仕方ないだろ?お望みなら嘘だろって今からでも鼻で笑ってやるが」
「遠慮しとくさ。貴方だけ信じてもらえればいいから」
「あー、お前さん、俺を幸せにするために来たんだっけか?」
すっかり忘れていた。彼の使命を。なんだかんだマイケルがいてたまに襲い掛かる孤独感はなくなったし、賑やかな生活になったし、あえて選ぶとすれば己の気持ちは幸せだ。
マイケルを見遣る。晴れやかな表情と裏腹に、どことなく指で触ったら弾けて粒になりそうな儚さを漂わせているマイケルが途端に貴重な宝物のように思えてニールは切なくなる。
「なら洗濯機に突っ込んであるシャツ、ボタン取れちまったから裁縫も頼むぜ、天使様」
暗くなった思考を壊すために、ウインクを飛ばし貰った花冠を金髪へ飾るとマイケルは眉に皺を寄せて口を尖らせた。
花冠を授かり変貌を遂げた彼は正直、かわいくないけどかわいい。
とりあえず今分かることはニールよかぶすっとしているマイケルが一番似合っていたことだけだ。
嫌がるマイケルは花をいじくり、嘆くように呟く。
「自分で直せよ、そんぐらい」
「そんぐらいって言うなら出来るだろ?」
「僕は裁縫出来なくても困らないからやらないんだ」
さすが天使、かっこいい――なわけあるか。
ニールはまたもや天に君臨する主へ、積極性に欠けるこの天使がいかに役立たないか心の内で密告したのだった。
TOP