ニール誕生日おめでとう小説?パラレルで申し訳ないです。マイケル→主人、ニール→執事


優雅に紅茶を含み、舌で濃厚な味を確かめる。きついストレートなのがこだわりだ。心地好いベルガモットの香りが鼻をつき、うっとりと目を細めた。やがて、愛の詩だろうか、外から小鳥の囀りが響いて胸を潤す。なごやかな一齣に理由もなくきっと良い日になると密かに微笑んだ。
起き抜けはアールグレイから始まり、それから朝食を取るのが習慣になっている。マイケルの願いでいつしかこういうパターンになった。
「お味はいかがですか、ご主人様」
柔らかな声が問う。
「……全身が痒くなるから止めてくれ、ニール」
いかにも胡散臭い台詞を吐かれても気色悪いだけだと非難し、側に立つ執事を睨む。燕尾服を纏い、ミントンの鮮やかなティーポットを持っている執事の名はニールだ。半年ぐらい前だろうか。元々知り合いだった彼を執事として雇ったのは。とある理由で聖職から離れ、暇だから遊びにきたとマイケルの家へやってきたニールが当分ここに住みたいと請うてきたのだ。無論構わないと承諾したが、ただ客として暮らすのも申し訳ないと彼自ら執事を望んだのである。あまりの押しに拒否することも出来ず、そういうのならとマイケルは受容してしまった。契約は六ヶ月を経てもなお健在である。その関係で主人と執事より友人といったほうが正しく、砕けた口調で話すことがほとんどだった。むしろ丁寧に話し掛けられるなどひやかしでしかない。
さも心外だと揶揄したニールが肩を竦め、次いでマイケルの髪を撫でた。
「お前さんが子供扱いするなってよく怒るからたまには敬ってみたんだが、お気にめさなかったか?」
「残念ながらまったく。ニールの敬うってのはからかうってことなのか?そもそも今だって子供扱いしてるじゃないか」
「こりゃ失礼」
ニールはわざとらしく一礼をすると、マイケルが座っている椅子に寄り掛かった。ぎしりと嫌な音が立つ。敬われるよかこうして扱われるのが気楽だと知っているから質が悪い。結局ニールにほとほと甘いのかもしれない。マイケルは溜め息を落とし、改めて紅茶を飲んだ。
「ニール、今日の予定は?」
「昼からオーガスト神父と面会だな。もう一杯いるか?」
かぶりを振った。そろそろ腹を満たしておきたい。
カップを静かにソーサーへ置く。美しく描かれた花柄が陽射しを浴びて輝いていた。
「気が重いな……」
呟くと一層さらに現実が迫ってきた。あのオーガストと会うことに倦怠感が沸き上がると共に仕方がないと諦めも認める。マイケルは広大な土地を保有する領主として様々な人と交流があるが、どうにもオーガストだけは苦手意識が芽生えていた。教会に寄ったマイケルが彼と初めて会った時、血まみれの兎を鷲掴みにしてにこやかに歩いていたのだ。衝撃的だった。オーガスト曰く食用だと諭していたけれども爽やかな面とちぐはぐで戸惑いと名状しがたい恐怖が五臓六腑に染み渡った。以後マイケルは彼との接触を最低限に抑えてきたのである。
「俺も着いていくから、苦い顔しなさんな」
察したニールがマイケルの髪を再び弄ぶ。優しい温もりとくすぐったさに身を捩る。
「そんなつもりはないけど、まあ……ニールでも一応頼りにしてるさ」
支える存在が届く範囲にいる安堵が意固地にさせるので強がりはしょっちゅうだ。脇に逸らしたニールがはいはいと宥め、カップを片付けていく。こうしてのどかなティータイムが終わる代わりに、素直になれない思いが渦巻いていた。

カーテンに遮られた室内は暗い。光は僅かだった。埃っぽく、空気も淀んでいて滅多に掃除せず過ごしているのではと憶測した。
「マイケル、よく来てくれたねえ。そんな所に立ってないでこっちへ座りなよ」
オーガストの黒いカソックが闇に同化している。影もない世界に扁桃腺が絡まる。
「……失礼します」
ドアを開けたまま呆としていたマイケルは勧められたソファへ腰掛ける。固い、と眉を顰める。臀部が痛くなるのを覚悟した。マイケルを余所にオーガストは向き合う形で一人掛けのソファにゆったりしている。ゆとりある格好に負けたとぼやく。争いなどしていないが。
立場故、執事のニールは後ろに控えていた。こういうことでは無駄に律儀であった。オーガストと対で喋れというのか。
「今日はどんな用事ですか?」
どうせミサを手伝えだの無遠慮なことだろうと早速切り出すと、オーガストはふっと呼吸を吐いた。気障な態度だ。
「他愛のない話をしてから、と思ったんだけどねえ。せっかちなのは相変わらずだ」
「すみません、僕もなかなか忙しくて。今度主催するパーティーの準備がまだ終わってないんです。この面会のあとにいろいろ手配することがあって」
「それは大変だ」
穏やかな笑みの裏に隠された本音を探るが、したたかな企みは見抜けない。オーガストは常に罠を張り巡らせマイケルを貶めようとしている。前に湖へ落下させられた経験もある。しかし溺れていたのを救ったのも彼だった。なぜそんな行動を取ったのか未だに不明だ。唯一マイケルが分かるのは、油断していたら嵌められるという点だ。
「忙しい君を助けてあげようと思っててねえ」
いきなり突拍子もない提案に首を傾げる。
「助ける?」
反芻して尋ねるとオーガストはさらに頬を緩めた。
「パーティーの余興、まだ決まってないなら私の聖歌隊に任せてくれないかい?君が望むなら聖歌じゃなくてもいい」
「オーガスト神父の聖歌隊って……」
「セシルもいるし、マイケルにとっても悪い話じゃないだろう?まさかとは思うけど、実はダンスパーティーだったかい?」
「違います。確かにまだ決まってませんけど」
親しいセシルがいるなら倍楽しくなる。親友のカテゴリーに属する彼とは長い交際があるがマイケルのパーティーに来た回数はゼロだった。この機会に誘うのもありだろう。でも肝心のオーガストの狙いは検討がつかない。賭けは半々か。しばし考えてニールへ振り返る。驚きを浮かべ、続いて搗ち合った瞳が強く揺れる。エキゾチックに魅せられつつ、マイケルはオーガストへ顔を戻した。
「用件は本当にそれだけなんですか?」
「ああ、もちろんさ」
どういう魂胆が入り乱れているのか不詳だ。次は火や、水は履歴にあるが、草、森、土、雲やオーガストのカソックの中でマイケルを待ち受けているのだろう。よって厄介なことに発展する可能性もあるけれどもマイケルは闇に紛れながら、転がる運命に従うべく頷いた。

窒息しそうな部屋から逃げ出したマイケルとニールは街を飛び周り、パーティーで必要な物を揃えていった。食材、酒、テーブルクロスやカーテンなどの布、屋敷にいるボーイだけでは足りないので人も集めたのである。そうしてへとへとになりつつも夜になってやっとマイケルの邸宅へ帰ってきていた。レストランでディナーを済ませたため出迎えた使用人に飯はいらないと告げ、コートを預けた。老齢の使用人はマイケルを責めることなくコートを丁寧に抱えて引き下がった。そのまま寝室へ直行しスーツを脱いで滑らかなシルクのナイトシャツに着替える。季節は冬、やはり寒い。腕にぶつぶつと斑点が現れる。そっと、体にガウンが掛けられた。厚い茶のそれは寒がりのニールが普段羽織っている服だ。ありがとう、と暖かさに嬉しさが募る。求めている以上に尽くしてくれている快適さがある。執事として、友人として、どちらでもありどちらでもない、微妙な環境だ。堅苦しくないけれど、サポートはしっかりしている。そんなニールはマイケルの面倒を見つつ襟のボタンを数箇所外し、胸先を寛げていた。この日の、執事の仕事はまもなく遂げる。明日も世話になるが、少し寂
しいとマイケルは鼻を啜った。
「疲れたのか?」
疲れたのではないが、違うと誤魔化すことはせず曖昧に濁す。
「ちょっと気になるんだ。あのオーガスト神父が珍しく手助けだなんて、嫌な予感しかしないな。……あとで何を要求されるやら」
「はあ?今更言ったって、お前さんも納得して決めたんだろ?」
「ああ、分かってるさ」
進んでいったのは己。後悔はしていないはずなのに緊張が拭えない。奥歯を噛むと滲んだ唾液がやけに酸っぱかった。
「本当、頑固でかわいげがないなあ」
ニールの口癖がマイケルを刺す。かわいげなぞ、昔から持ち合わせていないし、この歳では夢見る少年じゃいられない。嘘と誠の匙加減を都合よく操る領主で、クールであるべきだ。かわいげがあってはナンセンスである。ニールもそう熟知していると過信していたのだが。黙っていると、ニールはポケットから何かを取り出して、マイケルへ贈る。
「なあ、マイケル。もしお前さんがオーガスト神父に騙されてたら俺を頼れよ?ありがたいことにオレサマは頼りになる男だからな。それに……年下には親切にしろ、そいつが出世したときのためにってのがローウェル家の家訓でね」
飴だ。おそらくリコリス。寄る辺のないそれはマイケルの掌へ辿った。
「何だよ、いきなり……しかも僕は出世なんてないも同然だ」
「お前さんがあまりにも不安がってるから執事のオレサマとしてはご主人様が心配なんだよ」
勝手ながら執事のニールというフレーズを聞きたくなかった。そして、今のマイケルとニールのシチュエーションが不満を誘う。家の長と労働者、果たしてもう友と称する仲とは異なっていると打ちのめされるのだ。まるで、かつての縁は夢だと退けられるみたいに。
「夜更かしは背伸びないぜ、お子様はもう寝ろって」
「……僕は低くない」
「はいはい」
ガウンを無理矢理擦り付けて膨れる怒りを追いやる。不機嫌を埋めるうちに潜めた孤独がぶり返す。明日の朝には消えるだろうが、冷たいシーツで一晩耐えられるか、否か。
「おやすみ、マイケル。良かったら添い寝してやるぜ?」
「おやすみ、ニール。貴方が横にいたらベッドから落とされそうだから断るさ」
やせ我慢を盾にして、皮肉で茶化す。ニールはマイケルの額に挨拶のキスをして、部屋から去った。稀有なそれにどうしたってペースに左右される。赤くなってパンクしそうだった。
変な距離感だ。ニールに近付きたいけれど、寸でのところで透明な壁が塞がり、かわされる。さっきだってキスをするくせに、さっさとマイケルを突き放す。シーソーゲームに決着つかない。肺から白い煙りが昇り、霧散する。悴む掌にあった飴を舐めると魔法のように溶ける。好物のリコリスが憎い。眠れぬ夜は奪われた。さめざめと風が窓を叩く。ままならぬレールも、たまには越えてみようか。厭わしいキスの傷をこっそりと触れ、もやもやする気持ちとニールへマイケルは挑んだのだった。


終わりが見えないので続き書けなかったら小ネタにします。

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