早いけど誕生日小説。
ED後+ガビィ。ニールはガビィのことを知ってて両ルートがごちゃまぜ。
扉の向こうに
まだ彼が双子であり、視覚出来ていたある日。
雨が降ってきた。重い、憂鬱な気分を誘うひどく激しいものだ。数分前までは穏やかな天候で、陽射しも出ていた。ボート小屋で暇を潰していたマイケルとガビィは次第に暗くなる空に意識を構えずだらだらと団欒を楽しんでいたが、やがて勢いのある水音が耳を襲う頃ようやく状況を理解し始め、二人は性急にその場を離れて寮へ戻った。
「すごい雨だよ」
ガビィは窓に張り付いて世界を見渡した。未だに外は、雨が無遠慮に豪遊し、さらに雷鳴を轟かせ大地に君臨して誇り高く存在を訴えている。脅威さえある景に辟易しながらも自然を壊していく姿にむしろ美徳を知る。
「ガビィ、昔から風邪引きやすいんだからちゃんと拭けって」
ぽたぽたと髪から落ちる雫が鬱陶しい。べたりと纏わり付く服が邪魔だ。マイケルと同じ境遇にいるガビィは、不思議なことに少しも不快そうではなかった。
彼はこちらを振り返ってしばらく逡巡すると忠告したにも関わらず、ずぶ濡れの全身をそのままにベッドへ座る。
「ああもう。濡れるだろ。そこは僕のベッドだ」
「大丈夫だって、平気だよ」
何が平気だと文句を言うと何でもと返される。寝床がびちょびちょだと困るのに、根っからの唐変木だ。
「僕はいいから先に拭きなよ、もし風邪になったらマイケルに看てもらうからさ」
「まったく、ガビィは本当に勝手だな」
それでも配慮を施す。大きな布を引っ張ってきてガビィへ頭から被せようと。なんだかんだ世話を焼いてしまう自分が恨めしい。
「もう、平気だよ!マイケルが風邪引いちゃったらニールが心配するよ?」
動きが固まる。手からざらざらした肌触りがすり抜け、呆と佇む。
「あのな、何でそこにニールが出てくるんだ?」
「だって仲良いじゃんか。よくじゃれあってるよね?……何だか妬けてくるなあ」
「はあ?全然身に覚えがないんだが?」
「そうかな?ニールを見つけるとすぐ話し掛けるし、嬉しそうな顔するし、夜はこそこそ会いに行くし」
「……気付いてたんだな」
「双子だからね」
その言い訳は通用しないと思うが反論せず横へ腰を下ろす。濡れた制服を伝ってゆっくりとシーツの染みが広がり、どうにでもなれとやけになった。大惨事になったら彼のせいだと責任をなすりつけよう。
「変な感じ。今までは僕が一番心配してたのに」
マイケルを置いて不満げに口を尖らせるガビィ。肩を竦める。家族愛より独占欲が強いみたいだ。
「僕もガビィが心配だな」
「どういう意味で?って聞かなくても分かるけど。まあニールなら任せてもいいかな。マイケルのこと大事にしてるしさ」
既に、恋人の間柄にされている上、保護者面を披露する。
「勘違いするな。別にニールとは……」
「はいはい、顔赤くなってるよ」
指摘されてマイケルは俯く。ばれてしまっているならこの期に及んで隠しても無駄と悟るがやはり素直に晒すのものでもない。
振り回されてばかりだと溜め息を吐いた。双子だからと何でも察しられても誤解を含まれては厄介だ。
「僕が一番マイケルのこと分かってるけど、今はニールがいる……いつか僕は必要なくなっちゃうかもね」
述べた内容に首を捻り、ガビィ、と呼ぶと側にあった影が蜃気楼のように揺らぐ。
「雨止んだよ。ありがとう、マイケル。僕は自分の部屋に戻るね」
ガビィが立ち上がり、釣られてマイケルも体を起こす。薮から棒の別れに、焦燥が募る。
空は雲間から太陽が覗き、窓明かりが部屋を包んでいる。優しい光のはずなのに不安が渦巻いて、去り行く背にこのまま失ってしまうのではと強迫観念に捕われた。
ただの勘で証拠はゼロ。過剰な反応だと、正常な判断をするべきで、惑わされる必要はない。
そうであっても追い掛けたくなって、歩み寄る。しかし為す術なくガビィは扉の向こうに消えた。待って、行かないでくれ、の台詞が脳を巡る。虚しいことに、部屋にはマイケルただ一人。取り残された絶望が蝕んでいく。
馬鹿だ、ふざけた妄想で扉を開ければまたあの天真爛漫な笑顔に会えるに決まっている。マイケルはそう信じ、狼狽を抑える。
震えた指でノブを恐る恐る回そうとするより早く戸が開く。いきなりだった。驚いて膝が崩れる。
「よう、マイケル……ってお前さん、何やってんだ?すごい濡れてるじゃないか」
「……ちょっと、あって」
訪問者は先程まで話題になっていたニールだった。何の用か見当が付かない。
「ちょっとってな……まあいいか。風邪引くぞ、ほら立てって」
腕を強く引かれる。その拍子に、寂しさから逃れる故縋りたくなってニールの胸へ飛び込んだ。おお、と低い呻きが呟かれる。
「ごめん」
謝罪を表し、瞳を閉じる。
「あー……怖い夢でも見たのか?」
素っ頓狂な問い。ニールのシャツを握り、体温を弄る。
「じゃあニール、見たって言ったらどうにかするのか?」
「難しい質問だな。まあ……お前さんが眠るまで添い寝ぐらいはしてやるさ」
やたら真剣な答えの調子におかしさが膨れて頬が緩む。いつしか怯えは転がって朽ちていった。
雨が降っている。しなやかな、優しい雨だ。
心地好さすら含む水滴は地に流れた後、どこへ着岸するのか。土に、木に、はたまた川へさすらうのだろうか。
マイケルはテーブルに突っ伏していた頭を上げた。時刻を確認する。約三十分の間に、微睡んでいた意識が現実へ帰ってきていたらしい。
懐かしい夢に溺れていた。駆け抜けた青春の日々の欠片だ。秘密結社に入会し真実を探して、周りに支えられ、己も成長し、こうして幸せを噛み締める程の未来にいる。
手付かずのカップを取る。冷めた紅茶の水面がマイケルを映す。そこにわずかなガビィの面影があった。
儚い願いを払いのけるように席を立ち、玄関まで進む。遠くから風の歌が届いた。誘うようにかたかたと揺れる扉に、待ち人が来る予感がした。
ニールか、それとも――。
孤独から解放される戸がそっと開く。
落胆と果然が交差する。出迎えたのはマイケルが思った通りの人物だった。
「おかえり、ニール。やっぱり濡れてるじゃないか。心配したんだぞ」
眉を顰める。
「心配されるほどやわな体じゃないさ。……それより、なんかあったのか?」
「何がだ?」
「残念って顔してるぜ、お前さん」
気付かぬうちにそんな顔をしていたらしい。失敗した、確かに少し期待していたのだ。この扉を潜るのが双子の片割れでありますようにと。
諦めを抱え、降参のポーズを構える。
「ガビィのこと考えてたんだ」
一瞬、ニールは悲しそうな顔したが、すぐに控えめな笑顔を浮かべた。
「ああ、悪い。俺としたことが用意してなかった、許してくれ」
買い物袋を掲げたニール。
「今日は特別な日だ。一緒に祝ってやらないとな。誕生日おめでとう、マイケル。それと……」
ニールは続く言葉を慈しむ色を乗せて告げた。
じわりと涙が溜まっていく。
泣いては駄目だと誰かが囁いた。分かってる、と頷く。誤った過去ではない、あれは聖なる儀式だった。だから辛くても嘆くことではないのだ。
記憶の中の少年が手を差し延べる。温もりが頬を伝い、堪えきれない切なさに苦しくなる。
繋がりを頼りに、幻を辿る。艶やかな仕草で愛おしく撫でる。
誕生日おめでとう、ガビィ。
少年へ告げた途端、散らばっていく幻。
大丈夫だ、ここにいる。独りじゃないと約束した。二人が、共にある。魂は宿っている。永久に離れない絆だ。
マイケルは厚い体へ寄り添う。独りじゃない。ガビィもニールもここにいる。
今日、生まれたことに多大な感謝を主に捧げたい。そして新しい自分になった半身をずっと忘れまいと、溢れた一粒の光に誓うのだった。
双子誕生日おめでとう!
キャラの誕生日を祝うのって大変なので早いですが先に祝っちゃいました。
ヤクでもやってんのかっていうぐらい幻覚見すぎなマイケルでしたw
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