ニルマイ捏造学校生活。色んなキャラの口調がわからない。
snow
ごめんね、マイケル。今から聖歌隊の練習があるんだ。
申し訳なさそうに述べるセシルにむしろいたたまれなくなり、仕方ないさと微笑んで送り出した。
約十分前の記憶が甦る。
昼の休憩時間にセシルと話しでもして過ごそうと誘ったが断られてしまった。聖歌隊は忙しい。才能があっても熟達するのを怠らないので練習は常にある。そもそも突然彼に請い、予定を聞いたのは自分だ。謝罪など不要なのに、実に律儀で誠実だと言える。
結局マイケルはふらふらと湖へ向かっていた。図書館へ行くという選択もあったがニールに会える可能性は低いと予想した。根無し草の如く漂う印象があり探しても必ず見つけられる保証はない。
林の中を歩く。葉はほぼ落ちていて冬枯れの景色が侵食している。
青空を仰ぎながら進んでいたら何かの塊が一本の、大きな木の枝にくっついていた。慎重に観察してみると膨らんだり縮んだり、呼吸をしていると分かる。動物だ。毛並みが綺麗な真っ白で己の存在を主張している。まるで雪である。
しばらくして気配を察したらしく、それは漆黒の瞳でこちらを窺った。
猫ではない、犬だ。かわいらしい子犬。
どうしてここにいるんだ。迷い込んだのか。不審な状況に戸惑いつつもその生き物に触りたい、愛でたいと庇護欲を掻き立てられる。
対して幹へ寄り沿い、陣取っている子犬は悲しみに暮れ孤独を訴えているようだった。
「降りられないのか?」
言葉が理解出来るはずもないのにマイケルは尋ねる。するとか弱く、くぅと鳴いた。勝手に助けを求めていると肯定した。
幹に足を掛け、踏ん張る。木登りなんて久しぶりだ。子犬がいる側まで辿り着けるか心配だが、やれるだけやってみる。滑らぬようしっかりと力を込め、徐々に上昇する。
筋肉が限界を超す頃、やっと枝に差し掛かり体を引き上げ目的の者を確認するといつの間にか先端の方へ位置を移動していた。
何でそっちに行ったんだ。呆れを含め、溜め息を吐く。
「危ないからこっちにこいよ」
手招きをする。しかし子犬はかすかに震えるだけだった。
途方に暮れた。そのままにしておく訳にもいかないので取り押さえるか悩む。太い枝とはいえ末の部分ではマイケルの体重に耐えられそうにない。
数分、どうしようかと躊躇していると。
「マイケル!何やってんだ!」
怒声が響いた。茶の髪に、彫りの深い顔。下に、眉間に皺を寄せたニールが立っている。
まさかこんな所で遭遇するとは考えてもみず、驚きが溢れる。
「ニール、犬が降りられないみたいなんだ」
とりあえず今の有様を説明する。
「だからってそんな高いところに登るな!危ないだろ!それにお前さんが一人で助けてやるこたねえだろ!」
「誰がやったって同じだろ?」
「なら俺がやるさ!」
甚だしくご立腹である。いくら弁明をしても承諾するなど奇跡だろう。
やむを得ずニールを無視して子犬へ近付く一方、怯えたように後ずさった。
「ああ、もう。動くなよ」
遠くでニールが喚いている。多分それは戯言だとか提案に従えといった類だ。甘んじるつもりはない。脇に逸らして、精一杯腕を伸ばす。大人しくしてくれと目で告げる。
もう少しで届きそうな時、ふっと子犬が軽々と宙を舞った。
「あっ!」
本能だった。守ると、使命が沸いた。瞬間、無我夢中で子犬を捕まえ抱き締める。
やっと捉えた。ほっとしたのも束の間。体が浮き、そして重力に釣られ落ちていく。
ああ、しくじった。マイケルの唇が歪む。
迫りくる地面に逃げを打ちたくなるが、胸に囲んだ小さな温もりへ被害がいかないように背を丸め包む。
駄目かもしれないと諦めが念頭を占めた。軽い怪我で済むよう祈るしかない。
ぎゅっと瞼を閉じ、やがて穏やかな衝撃が訪れる。
「いっ……」
脳がくらくらと暴れ、世界がゆらゆらするのを拳を握り我慢する。
大丈夫だと呪文を唱え、幾らか治まりましになって身動ぎすると違和感を覚えた。柔らかい感触が背に広がっている。
「ばっ……何やってんだ、お前さんは!」
耳元で叫ばれ、硬直した。今し方まで聞いていた声だ。
段々とうっすらタバコの嗅ぎ慣れた匂いが鼻へ香る。ゆっくりと起き上がり振り返る。
認識したのは、寝転がったニールの腹の上にマイケルがちょうど座っている形だった。
「ニール!?」
子犬を解放し、その手でニールを無遠慮に検診していく。
「怪我は!」
「お前さんこそ……」
ニールも肘を付いて腰をずらす。その拍子にマイケルはその場を退いた。
「ニールが庇ってくれたから僕は大丈夫だ」
「大丈夫だって?……本気で言ってるのか?」
その発言にニールが不機嫌を現す。親切を徒にしないためなのに責める視線が痛い。
「何が大丈夫だ、危ないことしてたじゃねえか!飛び降りた時心臓が止まるかと思ったぞ!」
「ニール……」
いかに危険だと他人が注意してもマイケルはそれを正しい理屈だと同じられず混乱した。
宥めなくてはと血を巡らせる。
「けど怪我はなかった。僕も、犬も」
「俺がいたからいいものの、犬庇って落ちたら怪我するに決まってんだろ!登る前に誰かに相談してからって思わなかったのか?」
口調が荒く、マイケルに突き刺さる。それでも抗議は止めない。
「大丈夫さ、木登りは得意だ。それに誰かに言う前に犬が落ちたらそれこそ怪我どころかもしかしたら取り返しのつかないことになってたかもしれないだろ」
「あのなあ……ったく、本当にかわいげがないな。もういい、お前さんが勝手にするなら俺も勝手にさせてもらう。いいか、マイケル。ちいっとばかしも反省しないようなら、お前さんとはしばらくは絶交だからな!」
終わりだと、ニールはマイケルの肩を小突いて去っていく。
「ニール!」
慌てて呼び留めるが変わらぬスピードで距離を開いていく。
追う元気も尽き、ぼんやりと見送った。
姿が消えたのちまずはさておき深呼吸をする。急な展開で窮状だ。肩を竦めて、もやもやとした心境を表す。
「……子供かよ」
思わず呟いた文句は空を彷徨い散っていく。
年上のくせに癇癪なんて遠慮してくれよ。
かくしてマイケルは再び長い息を吐いたのだった。
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