この世で一番必要なものは金である。服、食、家、それらを買うには貨幣を使わなければ、金がなくては話にならない。金さえあれば何不自由生活が出来る。善透は今までの暮らしで身を持って知っていた。子供の頃のサバイバルな日々のお陰で。
青天の下、ビニールシートに並べられた物を横目に賑わいへ歩く。混み合って肩がぶつかるのを気にせず、ただひたすらに。
善透の頬に汗が伝った。袖口で拭うと湿った感触が手首に広がる。もう夏は過ぎたというに、温暖化は深刻なようだ。
「急にバザーにくるなんて、何か欲しいものでもあったんですか?」
脳天気な声に、ああと短く答える。
ワイシャツにスラックス、お馴染みの格好で、サビ丸が軽快な足どりを踏みながら善透に続く。暇な奴だ、わざわざバザーに着いて来るなんざ。
「お庭番なんですから、サビに言ってくださればすぐに買ってきますのに」
不満に唇を尖らせるサビ丸の髪が、か弱い風で優しく揺れる。共に、柔らかい匂いが鼻をつく。シャンプーのいい香りだった。
「頼むわけないっつうの。お前は誰に給料貰ってんだ?親父だろ。親父の金で買ってこられてもこっちとしてはそんな金使いたくないし、恩を着せられても困るんだよ」
「違います、そんなこと考えてませんよ。大体、日用品は全部サビが揃えてるはずですが。善透様に不便な思いはさせてないと断言します!」
「スゲー自信だなおい。サビ丸、お前の存在が不便って気付いてないのか?それに勘違いしてるとこ悪いが目的は日用品じゃねえよ」
サビ丸は眉を寄せた。理解不能。彼の表情だ。
「そもそも頼んでないけどな」
繋がる文句は掻き消された。騒がしい。周りの人々は店主と交渉したり品定めをしたり忙しい模様だ。時折そんな方の背後から窺っては溜め息を落とした。
「転売出来そうなもんを探したりしてんだよ。ゲームだって玩具だって変なアンティークだって、何でもいい。オークションでテキトウな説明付けて売りゃ必ず釣れる」
「ドン引きです、善透様……」
「金儲けしようぜ、渋谷くん」
ふっとすかした笑みを浮かべ、眼鏡の縁を上げた。サビ丸がややげんなりとした態度でお好きにどうぞと呟いた。もちろん言われなくともそのつもりだった。
二人はしばしの刻を費やして隅から隅へ随分と回ったが、相変わらずめぼしい物はない。体力を削り、利益は運んでこない。
「今日は駄目だな」
諦めて、さて帰ろうかと決めたタイミングでサビ丸がある場所で留まっていた。こいつにしては珍しく物欲でも出てきたのかと善透は興味を覚え、サビ丸の隣りへ移る。
真剣な眼差しの先を辿ると高価そうな腕時計が茜の光を浴びていた。革ベルトにクラシックな黒い文字盤。数字の他にいくつか小さな円、時計の中に、さらに別の時計のような機能が見られた。ストップウォッチか、はたまた異なる物か。憶測だが、複雑な技術なのだろう。
値段を認める。
ふむ。ゼロを二桁間違えているみたいだ。
何にしろ、極めてハイクラスであることは確かだと分かった。触らぬ神に祟りなし。迂闊に手を出したら火傷してしまう。
強いて例を挙げるなら、ビバリーヒルズに住むセレブが“あら、なかなかクールなウオッチじゃない。買うわ、支払いはブラックカードでね”などとのたまってさくっとショッピングしちゃう、一生無関係な世界である。
「こ、これ下さい!買います!」
「え、その、さ、サビ丸さん……?」
いきなりの予期しないサビ丸による購買意欲に、善透はくらくらと倒れる寸前だった。
「待て待て待て、早まるな、早まるなよ。価格設定をよく見ろ。……なあ、どう考えてもこんなところで買う値段じゃねえだろ」
「いや、あの、でも、善透様に似合うって思ったらどうしても欲しくなって……」
「アホか!偽物かモノホンか分からんのに高い金払えるかっての!つうか似合う似合わないって言ったらいらねえよ!」
「ちょ、ちょっとそれおかしくないですか!?善透様」
「まあまあ、あんたら落ち着きなよ」
唾を吐く勢いの喧嘩を始める両者の間へ、店主の言葉が遮る。
ナイスミドルのおっさんだ。髭を蓄え、臭いタバコを呑んでいる。ある意味こちらも胡散臭い。
「君、いい趣味してるよ。なかなかの時計だろう?デザインもいかすが、何より月齢も出るっていうのが最高でね。ほら、ここに表示されるのさ。凝っていて人気もある品物だよ」
「すごい、すごいですよ、善透様!」
「すごく、すごく高いですよ、サビ丸さん……」
ますます感嘆するサビ丸。大事なことなので二度言う。アホか。さすがに好きにしろと放っておけない額故、襟元を掴んで引き離すと、焦った風にサビ丸は叫んだ。
「買います、買わせてください!」
途端に紙切れが舞った。四次元ポケットより現れた諭吉が雪の如く降り注ぎ、地に伏したのだった。
腕時計の値段は捏造です。参考にしたギャラリーフェイクに出てた時計なのでしらんw
このあと善透が時計を川に投げ捨ててサビ丸に怒られてだって発信器付けただろって拗ねるオチにしようと考えましたが全く面白くないので止めました。