イケメン爆発
「ねえ。いきなりで悪いんだけど、藤くんってホモなの?」
「……えーっと、何で?」
精一杯の親切な答えを出そうと脳をフル回転させた結果、疑問を疑問で返すという失礼極まりない言葉になった。クラスメイトの女の子は眉を寄せ、怪訝な顔をしている。
仕方ない、だって変なことを聞く相手が悪いのだからと自身を無理矢理納得させ、くりくりとかわいらしい茶の目を見詰めた。
「いや、藤くんっていうより渋谷くんなんだけどね……。渋谷くん、藤くんに対して過保護過ぎるからさあ。二人ってホモなのかなって」
保護が過ぎるから過保護と言うのだし、厳密に表せばサビ丸も善透もホモサピエンスだ。サビ丸はやや人の枠から外れているが体の造りが同じ人類であるが故、やはりホモサピエンスなのだろう。きっと。
「それって、つまり、人類学的に?」
「違う違う。恋愛的に」
「ないない。ありえないよ」
そうして否定すれば、なぜか彼女は安堵の色を浮かべた。
「だよね。ごめん、妙な勘違いしちゃって。渋谷くんが危ない発言するからつい気になっちゃって」
ドキドキしちゃった、とふざけながら呟く。大変迷惑極まりない。
「へえ、どんな発言してたの?」
平常を装って問うと彼女は途端に興奮した様子で捲し立て始めた。
「さっきあったことなんだけど、渋谷くんってちょっとミステリアスなとこあるじゃない?だから普段どんな生活してるのーって聞いたんだよね。まあどんな生活って、普通に暮らしてるんだろうけどさ。友達の、私達の間では謎の私生活!って噂になってて。深く考えないでかるーく聞いたの。軽くね。したらさ、料理、洗濯、家事全般を主に善透様の生活をお守りしてます、って。それって一緒に暮らしてるの?しかも主夫みたいだねって突っ込んだら、四六時中お側にいるのがサビの役目なので、だって。同居してるのも主夫ってのも訂正されなかったからなんだか疑わしい関係だなって思っちゃったわけ」
募った激情は萎んでいったらしく、掌を広げたジェスチャーを示す。
一頻り経緯を耳にした善透は相槌を打ち、俺が君の立場ならそうなっちゃうよ、と認めた。
「うん、分かった。俺の口からはっきり言うよ。もちろん主夫でも何でもないから」
「あはは、りょーかいしました」
善透はゆっくりと席を立つと飛び切りの笑顔で告げる。
「ごめん、用事思い出した。楽しかったよ、面白い話聞けて」
もじもじと頬を染めるサビ丸を前に善透は妄想の中でぼこぼこに殴り尽くした。お前のせいだ馬鹿野郎と罵りながら北斗百裂拳で秘孔を突く。
「善透様?」
不穏な雰囲気を感じ取ったのか善透を窺うサビ丸に一つ、咳ばらいをした。それは音楽室内にひどく響き渡り、否が応でも密室に二人きりというシチュエーションを捉えさせる。
考えては深みにはまる胸襟にかぶりを振った。
「あのなあ、お前だって……いや、誰だって面倒なことは嫌だろ?お前の非常に怪しい発言のせいで俺はあやうく男しか愛せない性癖を持ってると勘違いされそうになったんだ。ちなみに俺だけじゃない。お前もだぞ?お前も薔薇族だと想像されたんだ」
「ええ?薔薇族って?善透様、あの、意味が分かりかねます……」
「薔薇族だ!ホモセクシュアルだ!お前と俺がゲイ脳人だと思われたんだ!」
バン、とピアノの鍵盤を叩きたい衝動に駆られる。絶望を奏でる前奏曲が鼓膜を震わせた。
「ホモ!?な、何でですか!?」
「だからお前のせいだっつってんだろ!」
人差し指をびしっと向けて睨む。サビ丸はただおろおろと狼狽えるだけだった。
しらばっくれている模様ではないため改めて詳しく説明をすると、サビ丸は肩を丸め溜め息を落とした。
「そんなことが世の中にはあったんですね……」
他人事ちゃうがな。
「世の中じゃない、お前の周りでだ」
「真実を言ったまでなんですけど」
「真実過ぎるわ、アホ」
良好なヒューマンリレーションを築き生きていくのに嘘は必要条件だ。それが善透の信条である。もし不利益な観測をされたら、跳ね退ける虚言だってするすると吐ける。
サビ丸はそういう知識が足りないと脱力し、近くにあった椅子に腰掛ける。
「大丈夫ですか?善透様」
「ああ?」
「顔赤いです。熱は……」
そっと優しく額に触れられる。高ぶり過ぎたか。少し暑い。冷たい手が心地好く、うっとりと滲む世界。ああ、このまま。このままずっと。そこまで考え、はたと冷める。
すると、ガチャ、と何かが開く音がしてそちらに視線を投げる。
茶の目が搗ち合う。静寂が辺りを包み、時が止まる。ザ、ワールド。三秒間、いや、三分間ぐらい三人の動きが無くなった。
「……」
「………」
「……あ、はい、すみません。お邪魔しました」
彼女はやたら穏やかに成り行きを誤った角度へ解釈し、辞去する。
待て。かなり待て。ちゃいまんがな。
思いは空回った。虚しく閉じていく扉に、善透は悲劇の幕が上がるのをこんがらがった頭で汲み取った。
保存してた題名がイケメン爆発だった。クリスマスが近いからか?