いつもの善透よかかなり優しいです。


ソルフェージュ


綿貫鷹郎という男ありけり。善透に馴れ馴れしく近付いてきて、いつの間にか友達というポジションに就いていた。彼の正体は善透を暗殺するべく遣わされた刺客であるのに。
本日もまた何かと理由を付けて善透に会いに来るのだろうと考えたら黒い憎悪が沸き上がってきた。
予想通り、控えめのドアを叩く音が響き、藤いるか、の声がかけられる。善透は善透でパソコンを中断し嬉しそうに立ち上がる。ゆっくりと扉を開け、訪問者を招いた。慣れた様子で二人は居間に入る。
「今日はどうしたんだ?」
今日は、なんて言い草、傍観しているサビ丸にしてみれば滑稽なものでしかない。今日もどうした、が正解だろうと突っ込みたい気分でいっぱいだ。
「これ、実家から貰ったからお裾分けだ」
「うわ、こんな良いもの貰っても大丈夫なのか?」
「ああ」
善透は天然タラシスマイルで感謝の意を述べると綿貫は僅かに顔を染めた。そこで赤くなる必要は断じてない。ミジンコの細胞よりない。つまるところ、友達という関係には適切でない対応なのだ。
反して善透は疑問も持たず綿貫からの差し入れに目を輝かせている。
手土産は高級ボンレスハム、計三つ。確かにおすそ分けにしては優れている商品である。
「どうせ姉が駄目にするだろうし」
ぼそりと呟いた綿貫に、善透は苦笑いを浮かべた。
「あー……じゃあこれ使った料理作るから、綿貫も一緒に食おう。もちろんお姉さんも」
「い、いや、いつも悪いから」
「貰ってる身としてはこれが恩返しなんだよ。むしろもっとちゃんとしたお礼をしなきゃって思うんだけどな」
綿貫はすかさず善透の言葉にふるふると首を振り否定し、吃りつつもこっちこそありがとうと返答する。爽やかな友情劇だ。しかし善透はその演目を幕切れし、サビ丸に意識を投げ、ってことでサビ丸料理よろしくな、などとのたまう。やっと主の関心がこちらにきたとしても返ってくるのは無慈悲の指示ばかり。
「嫌です」
きっぱりはっきり断る。
「はあ?」
はあ、と溜め息を吐きたいのはこちらのほうなのに、段々不機嫌になっていく善透はサビ丸の心情など理解していないのだろう。
「お、俺はそろそろ帰るな」
重い空気から逃げるようにそそくさとその場を後にする綿貫を主は追い掛ける。玄関まで見送り、また夕飯のときな、と気遣う。普段、サビ丸に対しての態度と逆ベクトルに異なるそれにまたもや苛々が募る。
戻ってきた善透はちゃぶ台を前に座った。高級ハムを間近にして、眉間に皺を寄せている。
「サビは納得いきません」
拳を握る。甲に血管が現れる。熱が脳を乱した。
「善透様はいつもいつもいつもいつも!綿貫鷹郎にばっか優しくしてサビには厳しい!」
「まあな」
即座に善透が肯定する。
「せめて少しはサビに気遣って綿貫鷹郎から何か受け取るのはやめてください!」
「なんでだよ」
「何でもです!」
目を掛けて欲しいわけではないが、刺客である綿貫にプレゼントを貰うのは心配なのだ。これまではなかったとはいえ今回毒が入っていたら善透のお庭番失格である。そんな事情を知る由もない善透はどこぞのアメリカンの如く大袈裟にやれやれと肩を竦めたジェスチャーをした。
「だって食い物もらえるんだぞ?ありがたいだろ」
「迷惑です!」
「お前の口から迷惑なんて言葉、聞きたくないな」
もう語ることはないとノートパソコンを操作しはじめる善透。市場のチェックを始めた。
「料理作っとけよ」
この方は本当に自分を追い詰める天才だ、と滲んだ世界で感じた。
「嫌、です」
涙が一滴流れる。善透は気付かないのか、作業し続けている。カチカチとマウスをクリックする音も流れた。
「サビは、サビは善透様のために料理を作ってるんですよ」
反応しない。されど気持ちの赴くままに続ける。
「善透様と築く平穏な生活を守るためならお隣さんにもお裾分けしますが、すべて善透様と関わってることだからです」
「綿貫だってお隣りさんじゃねえか」
「奴は善透様の邪魔をする者なんです」
再び善透からは沈黙の答えがやってくる。
「お庭番だから料理だって洗濯だってします。でも綿貫鷹郎から貰ったものは嫌なんです!何が何でも嫌です!」
「ったく、お前もう黙れよ」
パタンとノートパソコンを畳む。
「返しにいく」
「は?」
待ってと引き止めるサビ丸より先に、高級ボンレスハム三つ、善透は手に取り家を出て行った。
残されたサビ丸は何が起きたのか分かるのにインスタントラーメンが出来る時間を要したのだった。



返しにいく善透ってばほんと優しいね!w
よくわからん嫉妬話になりました。