中途半端です。かなり捏造。副題はときめきメモリアル〜伝説のリボンタイ〜。
つがいのリスが仲良く寄り添っている。長い尻尾をくるんと巻いて赤茶の小さな体をかがみ、枯れ葉に紛れ込む。
「あくまで噂なんだけどね」
遠慮がちに放たれたセシルの台詞は校庭の喧騒へ混じる。そこでスポーツに励む生徒は熱狂に溺れていて叫び声が幾重にも周りへ広がった。
柔らかな風で髪が震えセシルが空を仰ぐと釣られてマイケルも顔を上げる。
薄い青を背に陽射しを浴びた塵が舞い散りふわふわと佇んでいる。暖かな天候がじきに春が来ると告げ、欠伸を誘う。断じてニールや黒ミサなどによる夜遊びのせいではなくうららかな環境で眠くなってくるのだ。それに加えて気心の知れたセシルと居ると緊張がほぐれてなんだか寛いでしまい、どうしても抗えない魔法にかかる。
睫毛に埃がひっかかる。儚く揺れるので落とさないようゆっくりと瞼を閉じると世界に銀河が流れる。不思議で変な感覚に、このまま睡魔に身を委ねてしまおうかと悩んで、されどマイケルは今し方の雑談を遡る。
昼の自由時間、久しぶりにセシルとのんびり過ごすと決めたマイケルは校庭の側にそびえ立つ巨木の根本へ二人で、並んで座っていた。こうしてセシルとぼうっとするのはいつが最後だったか、珍しいねと笑う彼に困っているとフットボールを楽しむ同室者ルームメイトを横に、そういえばと唐突にセシルが語ったのはある噂のことだった。
聖歌隊へ属する彼が近頃、とりわけ最上級生で流行っているジンクスとやらを聞いたらしい。
そっと襟元を弄り、その存在を確かめる。マイケルや下級生は赤、最上級生は青で色分けされているリボン、この噂の主役であるタイはきっちりと結ばれていてやや窮屈だった。こんなものがなぜそうなるのかマイケルには理解しかねるが、ずっと親しくしたいと願う相手とリボンタイを交換すると良好な関係が永遠に続くそうだ。
友と葡萄酒は古いほうがいいなんて諺があるが、昔から付き合いがあるといって絆の深さを表せるならとうに順調な社会で一杯だし、新しく交遊し始めた人と旧友を天秤にかけることもおかしな話だ。平等であるべきで、第一、効果があったと誰が証明した。出任せで信じるに値しない。
さて、根拠はゼロのジンクスだしくだらないとあしらうのは簡単だ。そんなものなくたってセシルとは未来においてもきっとチェスの勝敗を競っていて、老いていく道を共に歩んでいく。でも、ひょっとして無意味な形に縋るのをセシルも望んでいるんだとしたら。
遅々と目を開けるときらきらしたゴミが降り注ぐ下で、リス達がこちらを見詰めている。何かを期待しているような丸い瞳で闇を映しマイケルを覗く。どうしろっていうんだ、と唇を尖らせた途端に病葉が翻りリスを消した。神出鬼没のガビィみたいでうら寂しく落胆する。
白い鳥が空を泳ぎ太陽が照らし、のどかな風景を眺めながらしみじみと息を吐く。冷たい指が痛みを訴えてるとセシルは膝を抱えて細い首を傾げた。筋が浮かび、脆さを露呈している。
「興味ない?」
四の五の挙げたりせず瞭然たる答えは備えている。質されたら頷いて、眉を寄せた。
「残念ながらまったく。セシルは?」
「馬鹿げてるって否定はしないけど君と同じだよ」
お揃いだな、と茶化して一緒に吹き出す。嬉しさも相俟って肩が大きく波打つ。
やがてひとしきり笑いが治まると、でも誰が噂を作ったんだろうね、とセシルが呟いた。まあどこかの最上級生が郷愁に駆られるより早く荒唐無稽な策を練ったといった具合か、友人を失う恐怖に怯えてでたらめな材料をでっちあげたのだろう。しかし、執着しなくてもいいのに、マイケルは手を顎に当てふと疑問を口にする。
「それって最上級生だけに有効なのか?例えば下級生と交換したりしても?」
「さあ、そこまでは分からない。……マイケル、やっぱり興味あるの?」
「別にそんなんじゃないさ。セシルだってそんな話をするぐらいだから本当は興味あるんじゃないか?」
「僕はマイケルがどういう反応するか試しただけだよ。思った通りだったけど」
意外と腹黒い。はにかんで降参する。セシルは余裕を剥き出し、天使のように大胆で侮れなかった。
ざわつく梢のリズムに耳を澄ませる。旋律はセシルの歌と似て快い。
幹へ凭れると誰かが黄金を遮る。一人の男で、茶の頭髪に長躯のスタイル、非常に面識のある姿にマイケルは淡い痺れを携える。
「よお、お二人さん。流行ってるよな、その噂」
木の影から靡く服を押さえて現れたニールはぎこちない顔をしていた。
「いつからそこにいたんだ?」
「ついさっきだな。ところでマイケル、ちいっとばかし時間あるか?」
いきなりの頼みに戸惑いながらセシルへ視線を投げる。せっかくだけど断ろうと迷っていると、セシルは体を起こして臀部の土を払った。
「じゃあ僕は行くね」
セシルは気を利かして校舎の方へ去っていく。謝罪を述べる暇もなくしっかりとした足取りで。今更引き留めるのもこの状況が進展しなさそうで諦めたらセシルの髪が煌めく光を反射して残酷なほど眩しかった。
改めてニールを窺う。普段の優しい表情でマイケルを俯瞰し、エキゾチックな容貌は現実へ導く。
「何かあったのか?」
「ああ。さすがに聞かれちゃまずくてな。悪いが野暮用があって今夜は図書館に行けそうもない。寂しいかもしれないがまあ我慢してくれ、マイケル」
「なあ、いつ誰が寂しいなんて言った?むしろ僕は精々野暮用とやらを頑張って欲しいぐらいだ」
「ったく、可愛いげがないなあ」
可愛いげなんぞジュニア生の時期から持っていなかったが。安売り、投げ売り、叩き売り、あっさりとばらまくにも多少なりとも見返りが必要だ。つまりギブリコリス、テイクスイート。この公式が正義なのである。
突っ立っていたニールはマイケルの傍らへ腰をかける。煙草の匂いが鼻をつき、近くいるということに否が応でも胸がドキドキした。無言のまま、ちらりとニールのタイを確認する。だらしなくぶら下がった物が定位置にあり、取り替えてはいないようだった。それが判明するとほんのわずかだが、良かったと不覚にもマイケルは思ってしまった。
恋は妙なものである。いらないと、交換しないと考えていても、ニールがいざ誰かと行うことになったらやきもちを焼いてしまいそうだった。
無理でした…
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